第120回 地租改正(ちそかいせい)で描かれた地引絵図(じびきえず)
更新日:2024年4月1日
問い合わせ先:文化振興課文化財・歴史資料係
久喜市公文書館のロビーを入った正面に、とても大きな地図が吊るされています。これは、明治政府による地租改正の際の課税用資料として明治9年(1876)12月に描かれた、公文書館所蔵の地引絵図(久喜本町・久喜新町・野久喜村・古久喜村)を複製したものです。
地租改正とは、米で納める江戸時代の年貢から、土地の価格に応じて現金で納税するようにした税制改革のことで、明治政府の大きな政策の一つでした。埼玉県では、明治8年(1875)から地租改正事業が着手されています。
また、地引絵図とは、測量や作図方法の指導を受けた地元の人たちが、土地を一筆ずつ測り、地番を付して六百分の一の縮尺で描いた地図のことで、一辺の長さが2メートルを超える大きなものもあります。
この地図の久喜本町や久喜新町の部分を見ると、宿場町のように間口が狭く奥行きが長い街並みが続いているのが分かります。また、甘棠院(かんとういん)に続く道が鍵の手の形状になっています。このような道では馬で一気に駆け抜けることができません。城下町等でも多く見られる防衛のための工夫と言われています。
地図を描くには、土地の面積を正確に測る必要があり、竿に長さを分かるようにした縄を結んだ道具を使用しました。しかし、縄を強く引っ張ることにより土地の一辺の長さが短く計測され、実際の面積よりも狭い面積で計測される「縄伸び」等の現象も発生し、正確な地図を描くことは容易ではありませんでした。
このような苦労の末に完成した地引絵図は、先人たちが苦労して描き、遺してくれた本市の貴重な財産です。
地引絵図(甘棠院周辺部分)
久喜市公文書館
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