第63回 さまざまな人が行き交う街 引退したアメリカ大統領の栗橋通行
栗橋を通る日光道中(にっこうどうちゅう)(日光街道)は、江戸(東京)と日光を結ぶ街道で、途中の宇都宮からは東北地方へ向かう奥州道中(おうしゅうどうちゅう)とつながっています。したがって、北へと向かう重要な拠点として、日光道中が整備された江戸時代以降、多くの著名人が栗橋を通って北へと向かっていきました。今回は、アメリカ合衆国前大統領のユリシーズ・シンプソン・グラントの事例を紹介します。
グラントは、第18代アメリカ合衆国大統領です。1822年(文政5年)生まれのグラントは、南北戦争で北軍最高司令官として北軍を勝利へと導きました。その後、その功績を追い風に1868年(明治元年)の大統領選に共和党候補として立候補して当選し、2期8年を務めました。
大統領引退後には世界旅行に出発し、明治12年(1879)に日本に立ち寄りました。日本では国賓待遇を受け、明治天皇との会談を行ったほか、日光や箱根を訪れたことがわかっています。日光へは7月17日に東京を出発、日光で10日間ほど過ごした後に東京へと戻りました。移動は皇室用馬車を使用しており、復路では、7月30日に埼玉県令(けんれい)(現在の県知事)の白根多助(しらねたすけ)が、グラントを栗橋で出迎え、歓迎の言葉を述べています。一行はその後、幸手に移動し、前大統領主催の宴会が開かれました。
栗橋で県令が前大統領を迎えたときの光景を、栗橋の街を歩きながら想像してみませんか。

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