第176回 明治神宮の林苑計画を作り上げた神社林の専門家 本郷高徳(ほんごうたかのり)
本郷高徳(1877~1949)は、恩師の本多静六(1866~1952)及び後輩の上原敬二(うえはらけいじ)(1889~1981)とともに明治神宮内苑の森を造った人物として知られています。明治神宮は明治天皇及び昭憲(しょうけん)皇太后を祀るために大正9年(1920)に創建された神社です。内苑と外苑からなり、内苑は代々木御料地(ごりょうち)、外苑は青山練兵場(れんぺいじょう)跡地に造営され、内苑には社殿・境内が、外苑には絵画館などが造られました。内苑となった代々木御料地は、当時畑と荒地が主であったため、神宮の神聖で厳粛(げんしゅく)な雰囲気を醸(かも)し出す神社林を新たに形成する必要がありました。このため専門家が集められ、本多静六は、東京帝国大学の林学研究室を挙げてこの大事業に取り組むことになりました。
造営は大正4年(1915)から始まり、本郷高徳は本多静六や上原敬二らとともに神宮内苑の林苑計画を担当し、天然更新による人工林を計画・施工したことは今日高く評価されています。また、本郷執筆により『明治神宮御境内(おんけいだい)林苑計画』がまとめられ、百年後の今日でも林苑整備のバイブルとして読み継がれています。本郷は明治神宮造営後は、内務省神社局と伊勢神宮の嘱託として各地の神社林の整備、改善指導にあたりました。
本郷は久喜市とゆかりが深く、恩師本多静六の薦めで明治36年(1903)に西大輪村(現久喜市西大輪)の資産家白石昌字(しらいしまさざね)(本多の実家折原家と縁戚)の二女徳子(とくこ)と結婚し、明治39年(1906)には義父白石昌字の財政支援によりドイツへ留学し、ミュンヘン大学で林業経済学博士の学位を取得しています。また戦時中には、義父白石昌字を頼って桜田村の迦葉院(かしょういん)に疎開しており、終戦後も迦葉院に寓居(ぐうきょ)し、昭和22年(1947)9月16日のカスリーン台風の水害に遭遇し、体験を記した手記を残しています。近年、明治神宮の林苑造営をめぐっては研究が盛んになされており、本郷高徳の業績も再評価されつつあります。
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