市指定 池田鴨之介の墓

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ページ番号1006138  更新日 2025年2月21日

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池田鴨之介の墓(いけだかものすけのはか)

種別

史跡

指定年月日

平成3年5月14日

所在地

久喜市栗橋東3丁目14番14号

所有者(管理者)

顕正寺

概要

池田鴨之介(鴨之助)は、『新編武蔵風土記稿』によれば、並木五郎平と共に、幕府に願い出て、慶長年間(1596から1615)に、下総国の栗橋村(現茨城県猿島郡五霞町元栗橋)より村民を引連れ、後の栗橋宿となる上河辺新田を開墾しました。鴨之介は慶安元年(1648)12月9日に没し、法名を「光明院釈常薫」といいます。

池田家は、江戸時代初代鴨之介の子、與四右衛門よりその名を世襲し、代々栗橋宿の本陣役を務めました。

写真:池田鴨之介の墓
池田鴨之介の墓

参考文献

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このページに関するお問い合わせ

教育部 文化振興課 文化財・歴史資料係
〒340-0295 久喜市鷲宮6丁目1番1号
電話:0480-58-1111 ファクス:0480-31-9550
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